2006年05月11日

2005年のピンボーイ

自分のモテない話をするのが病的に好きだった。

一時期、さほど昔のことでもないが、手当たり次第に周りの人間をつかまえてはフラれ話や恋愛の失態を話してまわったことがある。他人の話を嫌々聞くというタイプの人間への想像力が極端に不足していた時代であったらしく、誰も彼もかまわず真剣にそして熱心に語っていた。旧知の人間がどこかで僕の噂を聞きつけ、わざわざ注意しにやって来たりした。

僕はまるで充ち満ちた井戸に石でも放りこむように誰かに向かって実に様々な話を語り、そして語り終えると非常に満足して去っていった。ある話は気持ちよさそうにしゃべり、ある話は腹を立てながらしゃべった。実に要領よくしゃべれる話もあれば、始めから終わりまでさっぱりわけのわからぬといった話もあった。退屈な話があり、涙を誘うもの哀しい話があり、冗談半分の出鱈目があった。それでも僕は能力の許す限り真剣に、できるだけ笑えるように僕の話をし続けた。

理由こそ分からなかったけれど、僕は誰かに対して、あるいは世の女性に対して何かを懸命に伝えたがっていた。それに僕は、水晶の中にぎっしりと詰め込まれた蛙の子供の群れにいた。僕はその中の仲間たちが一匹ずつ、外に飛び出しては丁寧にぬめりを拭い、頭をシャンと立たせて布のベールに覆われた宮殿に行くのを見た。彼らのその後の行方は分からない。きっとどこかで紙くずにでもうずくまりながら、また群れに戻ってしまったのだろう。結局はそういう運命であったのだ。

それはまったくのところ、労多くして得るところの少ない作業であった。今にして思うに、もしその年に「モテない話を熱心にする世界コンクール」が開かれていたら、僕は文句なしにチャンピオンに選ばれていたことだろう。そして賞品にポケットティッシュくらいはもらえたかもしれない。


              ***


これは「僕」の話であるとともにれごと呼ばれる男の話でもある。この春、「僕」たちは百八十度も違う感情の中にいた。

二〇〇六年五月、このブログはここで終わる。それが入口だ。出口がなければいいと思う。もしすぐそこにあるなら、この文章を書く意味なんて何もない。





























彼女が出来ました。

新ブログ、作るかどうかまだ分かりません。
とりあえず報告だけさせていただきます。
posted by れご at 00:25| Comment(0) | TrackBack(0) | その他色々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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